組織と社会



昨年末から、
ずーっと相撲協会の話が収まらないですね。

まぁ、いろいろあるでしょうが、
組織を変えるとか、社会を変えるとか、
簡単なことじゃないことだけは確かでしょう。

今回の相撲協会の件で感じることは、
そういう簡単でないことを進めるには、

強かさ(したたかさ)が欠けてたと言わざるを得ないですね。

今回のごたごたのきっかけとなった
暴行事件に対する初動から、
完全に間違っていたと思います。

人のふり見て、我がふり直せ。

ほんと、自分も気をつけなきゃです。



ゴルフ修練





ゴルフ、大っ嫌いです。
うん、そう。結構嫌い。

けれども最近、
どうしてもやむを得ない事情から、始めることにしました。

始めて数か月経ちますが、こう・・・クラブ投げつけたくなる。

ゴルフ修練。
是即ち、精神修養なり。


もう少し、根気をもって続けてみます。






山陰行脚

先日、鳥取に行ってきたとです。

20171229山陰-01

嫌な予感が的中。
大寒波がやってきていて、大雪降ってたとです。


20171229山陰-02

足を踏み入れたら、この通り。


20171229山陰-03

体を投げ入れてみたら、この通り。


20171229山陰-04

念のため、
4WDのスタッドレスにしておいてよかったとです。


20171229山陰-05

鳥取砂丘は、大雪原。


20171229山陰-06

自動的に始まった雪だるまづくり。


20171229山陰-07

三段だるまが、割と短時間に出来上がりました。


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宇部神社。

20171229山陰-00

竹内宿禰が残した双履石。


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天守閣はないけど、米子城。


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石垣、ものすごく大きくて、立派でした。


20171229山陰-12

水木しげる記念館。
そこそこ時間が足りなくなるほど、見るものありました。


20171229山陰-13

CMで話題にもなったことがあるべた踏み坂。
もう少し明るい時に行ってみたかった。


20171229山陰-14

そして、松江城。
このアングルからは、なかなか撮らない。
出入り口からは反対側からのショットです。


20171229山陰-15

資料館内で、抹茶。


20171229山陰-16

荒神谷遺跡。
出雲地方が、歴史的要所であったことの証。


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大国主命の出雲大社。


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出雲教、出雲国造・北島家。
いろいろ複雑な事情があるのかな。


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旧出雲大社駅。


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汽車の時代は知らないけれど、
改札口なんかをみて、
昔の国鉄時代の駅を思い出しました。


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帰路はサンライズ出雲。


20171229山陰-22

この雰囲気、いいわけです。


会津若松と白河小峰


ここ最近、
東北地方で城を巡るなんてことがなかったのですが、
先日、ようやく行ってきました。

今回は、会津若松城白河小峰城

会津若松は、やはり幕末を想起させます。

201711東北-01

聞くところでは、
幕府が真面目に戦争をしていたら、
薩長に勝っていたかもしれない、なんて話もありますが、
ある意味、先見の明があった将軍が、
内戦しないようにそれを避けたとするならば、
この地での悲劇も必然だったのかもしれませんね。

201711東北-02

また、幕府への忠節を誓った
会津家訓を定めた初代会津藩主の保科正之は、
会津藩で、非常に神格化された存在であることも、今回知りました。

201711東北-03

そして、飯盛山


201711東北-04

飯盛山といえば、白虎隊ですね。
自販機も、見事に白虎隊バージョンになっていました。


201711東北-05

白虎隊の自刃時に、生き残った飯沼貞吉の話は、
行く前に勉強していきました。


201711東北-06

この水路は、
白虎隊が通ってきたところと言われています。


201711東北-07

そこから自刃の地に向かう途中にあるさざえ堂。
きっと、白虎隊の隊士たちも、この付近を通ったのでしょうね。


201711東北-08

自刃の地は、今は一般の墓地。

その一般の墓石には、
結構有名な法人のお偉方の名前があったりしたので、
ここは割と、そういうステータスにもなっているのかなぁ等と思ったり・・・。


201711東北-09

こちらは藩校・日新館。
実際の日新館は、会津若松城の横にあったそうですが、
こちらは、少し離れた場所に再現されたもの。


201711東北-10

当時の学問体系が説明されていたり、
シーンが再現されていたので、とても分かりやすかったです。

そして今回、最後に訪れたのが、白河小峰城。

201711東北-11

現在、石垣の修復工事の真っ最中で、
この日は、工事現場の公開日でした。

ただ、石を積むのではなく、
以前の石垣の傾斜はもちろん、
ひとつひとつの石の配置を分析して、
基本的には、同じ場所に同じ石を置くようにしているそうです。

201711東北-12

天守閣も、
とてもきれいなお城でした。

千葉へ、名古屋へ、信州へ

前回の更新から、
結構、あちこち行ったはずなのですが、
何もアップしてませんでした。

とくに城を巡って、
あちこち行ってたので、
それらをアップしたいと思います。

GWに行ったのが、千葉。

こちらは国府台城跡。

201708-城巡り等01


現在は里見公園として、
綺麗に整備されています。
北条氏と里見氏が激戦を繰り広げた場所のようです。

201708-城巡り等02


続いて、佐倉城
ここは江戸時代まで続いたお城。

201708-城巡り等03


天守閣こそないものの、
百名城にも選ばれていて、割とメジャーです。

敷地内にある国立歴史民俗博物館は、
展示内容の質も、量もものすごく良いです。

201708-城巡り等04


佐倉城から、
少し離れたところにあるのが本佐倉城

201708-城巡り等05


こちらは天守閣どころか、
石垣すらない状態ですが、

続・日本100名城にも選ばれたようで、
昔の姿を思わせる郭跡が広がっています。

201708-城巡り等06



万喜城は、土岐氏が支配していた山城。
山の頂上には、
天守閣を模した櫓がありました。

201708-城巡り等07


大多喜城は、
現在、大多喜町の博物館になっています。

201708-城巡り等08


このあたり一帯は、
北条氏と里見氏の攻防が激しかったのだと思いますが、

201708-城巡り等09

徳川家康が江戸に来て以降、
家康の勢力が押し寄せてきたたようで、
大多喜城の初代城主は、本多忠勝だったそうです。

201708-城巡り等10

大多喜城の大手門跡近くには、
八幡神社がありました。

大多喜城から西に進むと、

201708-城巡り等11

久留里城があります。
この城は、里見氏の城。

天守閣までは、
駐車場からさらに10分ほど歩いて、
坂道を上って行かないといけません。

その後、城ではないですが、
ふらっと寄ったのが、富津公園の中にある砲台跡。

201708-城巡り等12

こちらは明治になってからできたもののようです。
外国船が東京湾への侵入してくるのを防ぐためのものだったそうな・・・。

今回の千葉で、
最後に訪れたのが館山城でした。

201708-城巡り等13

館山まで来ると、
さすがに里見氏一色かと思いきや、
すぐそばの海岸の名前が北条海岸
この向こうには、北条氏がいるということだろうか・・・!?


千葉のあと、
ほぼ日帰りで訪れたのが名古屋でした。

201708-城巡り等14

再建される名古屋城は、
木造になるということで、

201708-城巡り等15

今の鉄筋コンクリートの名古屋城をみておきたいということで、
こんな写真を撮ってみたりもしたのでした。


徳川美術館では、

201708-城巡り等16

城郭の特別展示をしていたので、


201708-城巡り等17

ちょっとそちらに寄ってみたり・・・。


小牧・長久手の戦いで有名な小牧山城

元々、小牧山城は、織田信長によって築城されたようですが、
小牧・長久手の戦いでは、家康側の拠点として機能しました。

201708-城巡り等41

長久手古戦場には、

201708-城巡り等42

秀吉側の部将として戦った
森長可や池田恒興などの塚が残っていました。

一方、その戦いで、
秀吉側の拠点となったのが犬山城

201708-城巡り等18

この数日前、
犬山城の鯱が落雷のため損傷した、というニュースがありました。

201708-城巡り等19

大雨もあったり、大変でしたが、
とにかく大事に至らなくてよかったです。

そして、夏休みに訪れたのが信州方面。

201708-城巡り等20

まずは沼田城

201708-城巡り等21

ここは、
真田幸村(信繁)の兄、真田信幸の居城。

今は天守台跡が神社になっており、
本丸跡は、綺麗な公園に整備されています。


次に訪れた箕輪城は、長野氏が築いた城です。

201708-城巡り等22

復元された城門櫓は、とても立派でした。

201708-城巡り等23

山全体が、
当時の城郭のかたちをそのまま残しているようで、
日本100名城にも選ばれています。


龍岡城は、
日本で2つしかない五稜郭の一つです。

201708-城巡り等24

五稜郭と言えば、
函館の「五稜郭」が有名ですが、
ここにもあるのです、五稜郭

201708-城巡り等25

できれば、
上から見下ろせる写真を撮りたくて、
地元の方にも聞いてみたのですが、
ちょっとそれは難しいようでした・・・残念!!!


続いて、小諸城
ここは懐古園として、
観光しやすい庭園としても整備されています。

201708-城巡り等26

第二次上田合戦の際には、

201708-城巡り等27

小諸城二の丸に、徳川秀忠が本陣を置いたそうです。

その上田合戦で、
真田側は、この上田城で徳川勢を迎え撃ちました。

201708-城巡り等28

資料館には、VRなどもありましたが、

201708-城巡り等29

それらはとてもよくできていて、楽しかったです。



で、一瞬だけ城から離れて、

201708-城巡り等30

長野・善光寺参り。
やっぱり、行っておかないとね♪

そして、時代はもう少し遡って川中島

201708-城巡り等31

言わずと知れた、
武田信玄上杉謙信、両雄の戦い。

201708-城巡り等32

山本勘助のキツツキ戦法を察知した謙信は、
この妻女山を下りて、川中島へ向かうのであります。

201708-城巡り等43


一方の信玄は、
海津城を出て、川中島へ謙信を迎え撃ちます。

201708-城巡り等33

この海津城は、後に松代城として、
松代藩に入封した真田信之の居城にもなりました。


次にやってきたのが松本城

こちらは夜(雨)の松本城

201708-城巡り等34


こちらは昼の松本城

201708-城巡り等35

どちらも壮観でした。


ここから南に下って、諏訪の方へ・・・。

201708-城巡り等36

諏訪大社の上宮と下宮の間くらいに位置する、高島城

201708-城巡り等37

明治維新まで、
諏訪氏が治めていたというのは、
ある意味、平和だったということでしょうかね。

そして、荒砥城はよかったです。

201708-城巡り等38

通常、お城というと、
立派な天守閣をイメージしがちなのですが、
ここは全然、そういうものがありません。

201708-城巡り等39

織田信長が、
安土城に立派な天守閣を築く前、

日本のお城って、
大体、こんな感じだったんじゃないかと思わせてくれる感じです。

201708-城巡り等40

このいかにも中世の山城、という感じがたまりません。

そして、最後は高遠城

201708-城巡り等44

武田信玄の死後、
織田信長に攻め立てられた武田勢。

信玄の五男・仁科盛信が立てこもり、
最後まで抵抗をつづけた城です。

あの大大名・武田氏の悲劇を思わせる場所でした。


ということで、
あちこち回りながら、
いろいろと歴史の勉強をしてまいりました。



プロフィール

竹内一斉

Author:竹内一斉
鎌倉市在住、イッセイ株式会社代表取締役、二児(一女一男)の父。

新しい時代を創るには、硬軟併せ持った考え方が必要です。比較的硬い方は、別途、ブログ「常識について思うこと」に纏めているので、ここでは軟らかい方に絞って、気軽に書いていきたいと思います。

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