会津若松と白河小峰


ここ最近、
東北地方で城を巡るなんてことがなかったのですが、
先日、ようやく行ってきました。

今回は、会津若松城白河小峰城

会津若松は、やはり幕末を想起させます。

201711東北-01

聞くところでは、
幕府が真面目に戦争をしていたら、
薩長に勝っていたかもしれない、なんて話もありますが、
ある意味、先見の明があった将軍が、
内戦しないようにそれを避けたとするならば、
この地での悲劇も必然だったのかもしれませんね。

201711東北-02

また、幕府への忠節を誓った
会津家訓を定めた初代会津藩主の保科正之は、
会津藩で、非常に神格化された存在であることも、今回知りました。

201711東北-03

そして、飯盛山


201711東北-04

飯盛山といえば、白虎隊ですね。
自販機も、見事に白虎隊バージョンになっていました。


201711東北-05

白虎隊の自刃時に、生き残った飯沼貞吉の話は、
行く前に勉強していきました。


201711東北-06

この水路は、
白虎隊が通ってきたところと言われています。


201711東北-07

そこから自刃の地に向かう途中にあるさざえ堂。
きっと、白虎隊の隊士たちも、この付近を通ったのでしょうね。


201711東北-08

自刃の地は、今は一般の墓地。

その一般の墓石には、
結構有名な法人のお偉方の名前があったりしたので、
ここは割と、そういうステータスにもなっているのかなぁ等と思ったり・・・。


201711東北-09

こちらは藩校・日新館。
実際の日新館は、会津若松城の横にあったそうですが、
こちらは、少し離れた場所に再現されたもの。


201711東北-10

当時の学問体系が説明されていたり、
シーンが再現されていたので、とても分かりやすかったです。

そして今回、最後に訪れたのが、白河小峰城。

201711東北-11

現在、石垣の修復工事の真っ最中で、
この日は、工事現場の公開日でした。

ただ、石を積むのではなく、
以前の石垣の傾斜はもちろん、
ひとつひとつの石の配置を分析して、
基本的には、同じ場所に同じ石を置くようにしているそうです。

201711東北-12

天守閣も、
とてもきれいなお城でした。

千葉へ、名古屋へ、信州へ

前回の更新から、
結構、あちこち行ったはずなのですが、
何もアップしてませんでした。

とくに城を巡って、
あちこち行ってたので、
それらをアップしたいと思います。

GWに行ったのが、千葉。

こちらは国府台城跡。

201708-城巡り等01


現在は里見公園として、
綺麗に整備されています。
北条氏と里見氏が激戦を繰り広げた場所のようです。

201708-城巡り等02


続いて、佐倉城
ここは江戸時代まで続いたお城。

201708-城巡り等03


天守閣こそないものの、
百名城にも選ばれていて、割とメジャーです。

敷地内にある国立歴史民俗博物館は、
展示内容の質も、量もものすごく良いです。

201708-城巡り等04


佐倉城から、
少し離れたところにあるのが本佐倉城

201708-城巡り等05


こちらは天守閣どころか、
石垣すらない状態ですが、

続・日本100名城にも選ばれたようで、
昔の姿を思わせる郭跡が広がっています。

201708-城巡り等06



万喜城は、土岐氏が支配していた山城。
山の頂上には、
天守閣を模した櫓がありました。

201708-城巡り等07


大多喜城は、
現在、大多喜町の博物館になっています。

201708-城巡り等08


このあたり一帯は、
北条氏と里見氏の攻防が激しかったのだと思いますが、

201708-城巡り等09

徳川家康が江戸に来て以降、
家康の勢力が押し寄せてきたたようで、
大多喜城の初代城主は、本多忠勝だったそうです。

201708-城巡り等10

大多喜城の大手門跡近くには、
八幡神社がありました。

大多喜城から西に進むと、

201708-城巡り等11

久留里城があります。
この城は、里見氏の城。

天守閣までは、
駐車場からさらに10分ほど歩いて、
坂道を上って行かないといけません。

その後、城ではないですが、
ふらっと寄ったのが、富津公園の中にある砲台跡。

201708-城巡り等12

こちらは明治になってからできたもののようです。
外国船が東京湾への侵入してくるのを防ぐためのものだったそうな・・・。

今回の千葉で、
最後に訪れたのが館山城でした。

201708-城巡り等13

館山まで来ると、
さすがに里見氏一色かと思いきや、
すぐそばの海岸の名前が北条海岸
この向こうには、北条氏がいるということだろうか・・・!?


千葉のあと、
ほぼ日帰りで訪れたのが名古屋でした。

201708-城巡り等14

再建される名古屋城は、
木造になるということで、

201708-城巡り等15

今の鉄筋コンクリートの名古屋城をみておきたいということで、
こんな写真を撮ってみたりもしたのでした。


徳川美術館では、

201708-城巡り等16

城郭の特別展示をしていたので、


201708-城巡り等17

ちょっとそちらに寄ってみたり・・・。


小牧・長久手の戦いで有名な小牧山城

元々、小牧山城は、織田信長によって築城されたようですが、
小牧・長久手の戦いでは、家康側の拠点として機能しました。

201708-城巡り等41

長久手古戦場には、

201708-城巡り等42

秀吉側の部将として戦った
森長可や池田恒興などの塚が残っていました。

一方、その戦いで、
秀吉側の拠点となったのが犬山城

201708-城巡り等18

この数日前、
犬山城の鯱が落雷のため損傷した、というニュースがありました。

201708-城巡り等19

大雨もあったり、大変でしたが、
とにかく大事に至らなくてよかったです。

そして、夏休みに訪れたのが信州方面。

201708-城巡り等20

まずは沼田城

201708-城巡り等21

ここは、
真田幸村(信繁)の兄、真田信幸の居城。

今は天守台跡が神社になっており、
本丸跡は、綺麗な公園に整備されています。


次に訪れた箕輪城は、長野氏が築いた城です。

201708-城巡り等22

復元された城門櫓は、とても立派でした。

201708-城巡り等23

山全体が、
当時の城郭のかたちをそのまま残しているようで、
日本100名城にも選ばれています。


龍岡城は、
日本で2つしかない五稜郭の一つです。

201708-城巡り等24

五稜郭と言えば、
函館の「五稜郭」が有名ですが、
ここにもあるのです、五稜郭

201708-城巡り等25

できれば、
上から見下ろせる写真を撮りたくて、
地元の方にも聞いてみたのですが、
ちょっとそれは難しいようでした・・・残念!!!


続いて、小諸城
ここは懐古園として、
観光しやすい庭園としても整備されています。

201708-城巡り等26

第二次上田合戦の際には、

201708-城巡り等27

小諸城二の丸に、徳川秀忠が本陣を置いたそうです。

その上田合戦で、
真田側は、この上田城で徳川勢を迎え撃ちました。

201708-城巡り等28

資料館には、VRなどもありましたが、

201708-城巡り等29

それらはとてもよくできていて、楽しかったです。



で、一瞬だけ城から離れて、

201708-城巡り等30

長野・善光寺参り。
やっぱり、行っておかないとね♪

そして、時代はもう少し遡って川中島

201708-城巡り等31

言わずと知れた、
武田信玄上杉謙信、両雄の戦い。

201708-城巡り等32

山本勘助のキツツキ戦法を察知した謙信は、
この妻女山を下りて、川中島へ向かうのであります。

201708-城巡り等43


一方の信玄は、
海津城を出て、川中島へ謙信を迎え撃ちます。

201708-城巡り等33

この海津城は、後に松代城として、
松代藩に入封した真田信之の居城にもなりました。


次にやってきたのが松本城

こちらは夜(雨)の松本城

201708-城巡り等34


こちらは昼の松本城

201708-城巡り等35

どちらも壮観でした。


ここから南に下って、諏訪の方へ・・・。

201708-城巡り等36

諏訪大社の上宮と下宮の間くらいに位置する、高島城

201708-城巡り等37

明治維新まで、
諏訪氏が治めていたというのは、
ある意味、平和だったということでしょうかね。

そして、荒砥城はよかったです。

201708-城巡り等38

通常、お城というと、
立派な天守閣をイメージしがちなのですが、
ここは全然、そういうものがありません。

201708-城巡り等39

織田信長が、
安土城に立派な天守閣を築く前、

日本のお城って、
大体、こんな感じだったんじゃないかと思わせてくれる感じです。

201708-城巡り等40

このいかにも中世の山城、という感じがたまりません。

そして、最後は高遠城

201708-城巡り等44

武田信玄の死後、
織田信長に攻め立てられた武田勢。

信玄の五男・仁科盛信が立てこもり、
最後まで抵抗をつづけた城です。

あの大大名・武田氏の悲劇を思わせる場所でした。


ということで、
あちこち回りながら、
いろいろと歴史の勉強をしてまいりました。



宗像三女神など


先日、宗像大社関連の世界遺産登録に関するニュースがありました。

だから行ってきた、というのではないですが、
たまたま機会があったので、そのニュースに近いタイミングで行ってきました。

201706宗像01

宗像大社は、
宗像三女神という神様たちを祀っており、
辺津宮、中津宮、沖津宮の3つから構成されています。


201706宗像02

辺津宮は、かなり行きやすく、


201706宗像03

中津宮は、大島という島にあるため、
船で渡らなければならず、ちょっとだけ行きにくく、


201706宗像04

沖津宮がある沖ノ島は、ほぼ行くこと不可能。

基本的に上陸も許されておらず、
この日も大島の遥拝所からのお参り。

行けないことは残念ではありますが、
この容易に人を寄せ付けないところが、
逆に宗像大社(沖津宮)の魅力なのではとも思います。


201706宗像05

世界遺産なんかにしてしまったら、
無理に行きたがる人が増えたりして、

トラブルにならないか、とちょっと心配にすらなります。


201706宗像06

世界遺産・・・そんなに良いものなのかねぇ。


201706宗像07

中津宮がある大島には、
安倍宗任の墓がありました。

元々、東北にいた有力者の墓が?!

調べてみたら、島流しの結果のようですが、
ここでもそれなりの実力者だったようです。


201706宗像08

あとこのあたりは、
神功皇后の三韓征伐にまつわる神社が多くあり、


201706宗像09

しめ縄が立派で、
参道からの景色がCMでも使われたことでも
有名な宮地嶽神社にもお参り。


201706宗像10

ちょっと足を延ばして、宇佐神宮。
こちらは、神功皇后の息子である応神天皇がご祭神。


201706宗像11

香椎宮は、
仲哀天皇、神功皇后、武内宿禰のストーリーがあった場所。


201706宗像12

どんなストーリーかは、ここでは書きませんが、
武内宿禰という人物の影響力が強かったのは間違いないですね。


201706宗像13

香椎宮の奥には、
武内宿禰にまつわる「不老の水」もありました。


201706宗像14

どの神社に行っても、
このあたりのストーリーは、いつも気になってしまうのでした。


鳥のから揚げメモ


うちの鳥のから揚げ
おいしいと思うのだけれど、

いつも作るたびに作り方が分からなくなるので、
ここにメモ。

この時は、ちょっと少なめに鳥のもも肉700g。

20170506-から揚げ1


にんにくしょうが
をこれらくらい用意し、スライス。

20170506-から揚げ4


さらに、ネギがこれくらい。

20170506-から揚げ2

ネギは、何となく表面積を多くするくらいに切って、


20170506-から揚げ3

醤油をかけながら、鶏肉に混ぜ込みます。


これで数時間寝かしたあと、
片栗粉が入ったビニールにさっと入れて、揚げていく。


完成の写真はないけど、これだけ。

次回、また鳥のから揚げ作る時、
自分でこの記事見ながら作ってみます。


九州北部巡り


春休み・・・ちょっと出かけてまいりました。
九州、熊本に行こうということだったのですが、
せっかく行くのなら、行けるだけ行ってみようということで、

201703北九州周遊-001

まずは熊本空港に着いたら、


201703北九州周遊-002

すぐにフェリーに乗り込んで、島原へ。


201703北九州周遊-003

島原外港からすぐのところにある島原城。


201703北九州周遊-004

島原といえば、もちろんあの「島原の乱」なわけで、
その舞台ともなった、原城に向かいました。
毎度のことですが、とても駆け足です・・・。


201703北九州周遊-005

島原の乱で、一揆をおこした人々は、
島原城の奪取に失敗をして、原城に向かったというのですが、
島原城から原城まで、意外と距離がありました。


201703北九州周遊-006

天草四郎の像。


201703北九州周遊-007

今はとてものどかなところですが、
当時、ここに結集した人々は、鬼気迫る思いだったのでしょうね。

そして、長崎市方面へ・・・


201703北九州周遊-008

と向かう途中で、日野江城跡へ・・・。
島原城を造った松倉氏が、最初に入城したのが、この日野江城でした。


201703北九州周遊-009

石段を上がってみたら・・・行き止まり!?
どうやらイノシシ侵入防止のための柵のようでした。


201703北九州周遊-010

もちろん、天守閣などはありませんが、
昔ながらの古城跡という感じです。


201703北九州周遊-011

長崎市では、原爆資料館に行ってきました。


201703北九州周遊-015

やはりショッキングです。

そのあと、出島に行こうと思って、
カーナビで探すのですが、なかなかたどり着けず・・・。

半ば諦めて、適当に車を停めて歩き出したら、


201703北九州周遊-012

なんと!?これが出島???

出島のイメージは海にせり出しているもので、
てっきり海岸沿いにあると思っていたのですが、

完全にビルの谷間にあってびっくり!!!


201703北九州周遊-013

時代が変わったら、海岸線だって変わりますよね。
うっかりしてました。


201703北九州周遊-016

そこからぐーっと北へ移動して、平戸城へ。

平戸城の主だった松浦氏は、
戦国の世が始まる前からこの地に根付き、幕末までこの地を治めてたとのこと。

その生き残り術は、すごいものだと感心しました。


201703北九州周遊-017

続いて、名護屋城。
名護屋城であって、名古屋城ではありません。

豊臣秀吉の朝鮮出兵の折、
出撃拠点となったのがここだったそうで、
当時は、大阪城に次ぐ城郭の大きさを誇ったとのこと。


201703北九州周遊-019

周囲には、当時の名だたる武将たちの陣跡があり、
関が原にも負けない「オールスター」感が漂ってました。


201703北九州周遊-018

また、ここが面白かったのがAR。

近接している博物館でタブレットを借りて、
当時の名護屋城を感じながら散策できるのです。

こういうのは、もっとやってほしいですね。
具体的には、例えば安土城とか??いいと思います。

201703北九州周遊-020

名護屋城の博物館は、展示もなかなか楽しかったです。
朝鮮出兵時の名護屋城のこと、ほとんど知らなかったし、勉強になりました。


201703北九州周遊-021

唐津城。
名護屋城の資材を使って、築城されたそうです。


201703北九州周遊-022

アニメの舞台になっていたところがあったらしく、


201703北九州周遊-023

とりあえず、それに合わせて撮影してみました。
割とうまく撮れたと思うのですが、


201703北九州周遊-024

撮影用に犬まで駆り出している強者が・・・。
これは楽しそうでした♪


201703北九州周遊-025

そして、福岡までやってきて、元寇防塁跡を訪れてみました。


201703北九州周遊-026

ここで日本が守られたわけです。


201703北九州周遊-027

ここの海岸線は、
出島と違って、そのまま残っているのですね。


201703北九州周遊-028

福岡城。


201703北九州周遊-029

ここは二回目ですが、
前回行けなかった多聞櫓に行ってきました。
ただ、時間切れで中は見学できず・・・残念。


201703北九州周遊-030

そして太宰府方面へ向かって、水城跡。
水城で、「みずき」と読みます。

ここは戦国時代よりもずっと昔の古代の城。
今、観光スポットとして開発をしているようでした。


201703北九州周遊-031

太宰府といえば、太宰府天満宮が有名ですが、
太宰府政庁跡というのもあったんですね。


201703北九州周遊-032

とても広々としていて、


201703北九州周遊-033

京都から離れてはいるものの、
当時の朝廷の影響力の強さのようなものを感じました。


201703北九州周遊-034

限られた時間の中で、
いろいろと回らないといけないため、

夜明け前に訪れたのは、


201703北九州周遊-035

大野城跡の百間石垣。
石垣といっても、実際の石垣はほとんど見えず、
当時の面影は、地形くらいしか残っていない感じです。


201703北九州周遊-036

その石垣がある同じ山にあるのが、岩屋城跡。


201703北九州周遊-037

このすぐ下には、
岩屋城で勇猛果敢に戦って散った
高橋紹運の墓がありました。


201703北九州周遊-038

日の出も過ぎて、
外が明るくなってきたところで、

太宰府天満宮の参道へ。


201703北九州周遊-039

だーれもいない。


201703北九州周遊-040

前回来たときは、
修学旅行生なんかもたくさんいて、
ものすごい人出だったので、


201703北九州周遊-041

ゆっくり朝の神社を楽しめました。


201703北九州周遊-042

続いて、訪れたのが吉野ケ里遺跡。


201703北九州周遊-043

ここはよくできてました。


201703北九州周遊-044

時間がないので、1時間半くらいで回りましたが、


201703北九州周遊-045

じっくり3時間くらいかけて、
公園内を散策したいと思いました。


201703北九州周遊-046

古代、大陸や朝鮮半島と近かった北九州は、
やはり日本の玄関口であり、有力豪族が集まっていたのでしょうね。


201703北九州周遊-047

この墳丘墓の展示も、
そのまま保存がされていてよかったです。


201703北九州周遊-048

佐賀城へ到着。
お出迎えは、鍋島直正像。


201703北九州周遊-049

幕末の有力藩といえば、薩長土肥。
薩長は当たり前だし、土佐も分かるけど、肥前って何?
と思っていましたが、理解しました。


201703北九州周遊-050

肥前は、この鍋島直正公なわけですね。



そして、いよいよ最終目的地。
熊本城へ。

201703北九州周遊-051

崩れた石垣は、
きれいにサイズ別に並べられていました。


201703北九州周遊-052

メディアを通じてみていましたが、やはり痛々しい。
それと同時に、熊本城の雄大さをあらためて感じました。

201703北九州周遊-053

よし、また行くぞっ!

プロフィール

竹内一斉

Author:竹内一斉
鎌倉市在住、イッセイ株式会社代表取締役、二児(一女一男)の父。

新しい時代を創るには、硬軟併せ持った考え方が必要です。比較的硬い方は、別途、ブログ「常識について思うこと」に纏めているので、ここでは軟らかい方に絞って、気軽に書いていきたいと思います。

Twitter
カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR